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大阪高等裁判所 昭和63年(ネ)1474号 判決 1989年5月26日

控訴人(附帯被控訴人)

下 川 ノリ子

右訴訟代理人弁護士

島 田 信 治

西 村   健

南   政 雄

被控訴人(附帯控訴人)

中 井 糸 子

右訴訟代理人弁護士

中 務 嗣治郎

村 野 譲 二

久米川 良 子

安 保 智 勇

岩 城 本 臣

加 藤 幸 江

三 浦 和 博

浅 井 隆 彦

主文

一  本件控訴及び附帯控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人(附帯被控訴人)の負担とし、附帯控訴費用は被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

(控訴について)

1  控訴の趣旨

(一) 原判決中控訴人(附帯被控訴人、以下「控訴人」という。)敗訴部分を取り消す。

(二) 被控訴人(附帯控訴人、以下「被控訴人」という。)の請求を棄却する。

(三) 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

2  控訴の趣旨に対する答弁

(一) 本件控訴を棄却する。

(二) 控訴費用は控訴人の負担とする。

(附帯控訴について)

1  附帯控訴の趣旨

(一) 原判決を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し、金一六〇五万四八九六円及びこれに対する昭和五八年二月三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

2  附帯控訴の趣旨に対する答弁

(一) 本件附帯控訴を棄却する。

(二) 附帯控訴費用は被控訴人の負担とする。

二  当事者の主張

次のとおり付加するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

1  控訴人

(一)  旧排水パイプが本件ビルと一体となるものであり、民法七一七条一項の「土地ノ工作物」に当たることは認めるが、旧排水パイプ残骸を控訴人が占有していたことはない。

すなわち、旧排水パイプは、控訴人の前々賃借人が使用していたが、その後使用されなくなって排水パイプ残骸となったものである。控訴人の前賃借人は、現在の控訴人の厨房の位置とほぼ同じ位置を厨房として使用していたし、厨房と客室との高低差もほぼ同じであった。控訴人は、現在の厨房の位置とほぼ同じ位置が厨房となっている店舗を家主から直接借受け(前の賃借人から造作とともに賃借権の譲渡を受けたものではない。)、その家主からその店舗空間の引渡を受けた。その際、床から下の部分まで引渡を受けた事実は全くない。そして、新しい厨房器具を搬入し、家主了解のもとに、前の賃借人の厨房の位置あたりで床を剥がして厨房器具等からの排水パイプを排水支管に接続してもらっただけである。その部分以外の床まで剥がす了解は得ていなかったし、それ以外に剥がす必要もなく、現に剥がしもしなかった。

旧排水パイプは、株式会社サウスビルが控訴人より以前の賃借人または使用者から引渡(返還)を受けたときに、その所有者兼占有者となったところ、控訴人が本件ビルの二階店舗を賃借した際又はその後、控訴人は旧排水パイプの引渡を受けておらず、従って、本件漏水事故時、旧排水タイプは株式会社サウスビルの占有下にあり、控訴人が占有していたものではない。

有形物の占有については、占有者がその有形物の存在を認識していることが必要であるところ、控訴人は、当時客席となっている位置の下に旧排水パイプの残骸やコンクリートブロックの小片が詰まっていることなど知らず、その存在を認識することは不可能であった。

(二)  本件漏水事故は、排水本管に作業用手袋が詰まり、通水不能を起こしたことが原因であるところ、その原因は、本件ビルの所有者である株式会社サウスビルが昭和四六年四月の竣工以来、本件事故まで約一二年間、排水本管及び支管の清掃作業を一回もしていないという株式会社サウスビルの管理の不十分から発生したものであり、右排水本管及び支管の清掃さえしておれば、本件事故は防げたはずのものである。

また、仮に旧排水パイプの切断面にプラグ止め等の溢水防止措置があったとしても、控訴人の厨房の床面は、客席の床面より低く、厨房の排水パイプから溢水して漏水事故になることが考えられる。この場合、控訴人は、その排水パイプの設置、保存に瑕疵があれば、その責任を負うことになるが、本件では、右厨房の排水パイプになんら瑕疵は認められない。これを要するに、旧排水パイプ残骸に溢水防止装置が講じてあったとしても、本件漏水事故は起きていたから、控訴人にその責任はない。

(三)  後記被控訴人の主張(三)は争う。

2  被控訴人

(一)  控訴人の主張(一)は争う。

排水支管は、本件ビルの各階を仕切るコンクリート・スラブの下で、かつ各階店舗天井の上を水平に走り、本件ビルを縦に貰く排水本管に接続している。本件ビルは、各階共一店舗であるから、本来所有者において、このような排水支管を設けるまでもないのであるが、建築工事の便宜上及び店舗入居者へのサービスの趣旨で設置されたにすぎない。排水支管は、その上階の店舗の専用に供されているものであるから、各店舗の費用と責任において管理し、清掃その他の維持管理及びこれに接続する排水パイプの設置管理はすべて店舗側において行うこととなっている。以上の事実からすると、スラブ下に存する排水支管もまた上階店舗の占有に属するものといわなければならない。

控訴人は、旧排水パイプ残骸の存在を認識していなかった旨主張するが、入居前に厨房の移設工事を施し、新たに排水パイプを設置していることからすると、控訴人が排水支管の存在の認識があったことは疑いのないことであり、排水支管に接続され、これと不可分一体をなす旧排水パイプ残骸も、控訴人が設置した四本の排水パイプとともに、控訴人の占有に属するものである。

(二)  控訴人の主張(二)は争う。

旧排水パイプ残骸のプラグ止め不備と本件漏水事故との間には、作業用手袋による排水本管閉塞とともに相当因果関係があり、本来備えるべき性状を欠く、すなわち瑕疵のある旧排水パイプ残骸を占有していた控訴人は、民法七一七条に基づく損害賠償を免れない。

(三)  本件ビルの二階は、控訴人のみが賃借しており、専ら二階部分の排水に使用されていた排水支管は、控訴人が占有していたものといわなければならない。

ところで、本件漏水事故は、右控訴人が占有していた排水支管に、旧排水パイプ残骸のプラグ止めの代わりに詰められていた軍手が排水支管内に落下し、この落下した軍手が右排水支管に詰まった結果発生した事故であり、本来控訴人は、右排水支管の占有者として、右排水支管が通水不能の瑕疵を生じないように、通水状況に注意を払い、自らまたは本件ビルの所有者に要求して、排水支管の通管清掃工事をすべき義務があるのに、これを怠った過失がある。

また、控訴人は、二階客席の床からコンクリート・スラブまでの空間も、占有していたものといわなければならず、右占有関係からすると、右旧排水パイプ残骸のプラグ止めの代わりに詰められていた軍手が排水支管内に落下しないように、プラグ止めを施すなどの措置をすべき注意義務があるのに、これを怠った過失がある。

本件漏水事故は、控訴人、控訴人の依頼した内装業者および本件ビル所有者それぞれの過失行為ないし保存の瑕疵が競合かつ寄与して発生したものであり、控訴人は、共同不法行為者の一人として、本件漏水事故につき、民法七一七条一項、同法七〇九条及び同法七一九条一項により、被控訴人に対し、その損害の全部を賠償すべき責任がある。

三  証拠<省略>

理由

一当裁判所も、被控訴人の控訴人に対する本訴請求は、原判決が認容した限度において正当としてこれを認容し、その余は失当として棄却すべきものと判断するものであるが、その理由は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決の理由説示と同一であるから、これを引用する。当審証人片山壽恵美の証言、当審における控訴人本人尋問の結果によっても、右認定を左右するに足りない。

1  原判決八枚目表初行の「とは違う所に」を「が厨房を設置していた位置より北側に」と改め、同二行目の「排水パイプ」の前に「二階のコンクリート床(スラブ)下にある排水支管に、右スラブに穴を開けたうえ、右排水支管に直結する方法で、」を加える。

2  同八枚目裏三行目の「であった。」の次に、「二階控訴人方店舗床下の排水支管は、控訴人方の排水用として、専ら控訴人方においてのみ使用しており、これに設置されていた排水パイプは、控訴人が設置した原判決添付別紙図面に表示の排水パイプ1ないし4の四本のほか、右旧排水パイプ四本だけあって、かつ、右控訴人の新たに設置した排水パイプ及び旧排水パイプは、右排水支管に附加してこれと一体となっていた。なお、控訴人が入居に際し、右厨房を客席として床を張り替えたり、現在の位置に厨房を移動するなどの内装工事をする際には、右旧排水パイプが切断されたままになっており、これにプラグ止め等の溢水防止措置を講じられていないことを控訴人または控訴人から工事を依頼されて右工事をした東洋美術株式会社の担当者が認識することは可能であった。しかし、控訴人は、右工事を東洋美術株式会社にまかせっきりにしていたことから、右旧排水パイプの存在やその状況に関心はなく、これにつきなんらの指示をしたこともなく、また、その指示を求められたこともなかった。」と改める。

3  同一一枚目表七行目から同裏七行目までを次のとおり改める。

「1 まず、前記認定の本件ビルの構造からすれば、旧排水パイプ残骸は、建物と一体をなすものとして民法七一七条一項にいう「土地ノ工作物」にあたるといわなければならない。

そこで次に、控訴人が右旧排水パイプを占有していたか否かにつき判断するに、前記認定の通り、本件ビルは各階共一店舗が使用し占有していること、控訴人は、入居に際し、厨房の位置を自己の判断で変更して、右厨房の床を従前の床より低くし、更に前入居者が利用していた旧排水パイプを使用せず、その代わりに新たな排水パイプを控訴人の賃借した二階店舗床下の排水支管に直結して設置したこと、右工事の際、控訴人は、旧排水パイプが切断され、右切断箇所にプラグ止めなどの溢水防止措置を講じていないことが知りえる状態であったのに、右工事をその担当者にまかせっきりにしていたため、右瑕疵を気が付かず終わったこと、排水支管は各階を占める各店舗が単独で利用しており、二階店舗床下の排水支管が控訴人方の排水用として控訴人が専用していること、旧排水パイプ及び控訴人が新たに設置した排水パイプは右控訴人の専用している排水支管に附加してこれと一体をなしていること等の諸事実からすると、本件ビルの二階店舗の床とスラブとの間の旧排水パイプ残骸はもとより、二階店舗のために利用されていた排水支管も、控訴人が設置した四本の排水パイプとともに控訴人が占有していたものと認めるのが相当である。

もっとも、控訴人は、旧排水パイプ残骸は、控訴人の前々賃借人が使用していたものであり、本件ビルの所有者からは二階店舗の床より上の空間部分のみの引渡を受け、右床下の引渡は受けていないし、また、右旧排水パイプ残骸のあることを知らなかった等種々の事情をあげて、同部分にあった旧排水パイプ残骸を占有していない旨主張する。しかしながら、占有に必要な「自己ノ為ニスル意思」(占有の意思)は、潜在的、一般的なものでも足りるのであって、例えば、知らない間に郵便箱に投入された郵便物や、その存在が明確に認識されていない独立建物の天井裏の電線や床下に埋設されている水道管等についても右郵便受けや建物の所有(占有)者にいわゆる占有の意思はあると解すべきところ、前述のとおり、旧排水パイプ残骸及び控訴人の新たに設置した排水パイプは、いずれも控訴人方店舗の排水用として、控訴人方において専ら使用していた排水支管に附加してこれと一体となっていたものであるから、他に特段の立証のない本件においては、控訴人は、本件ビルの二階店舗をその所有者から賃借して引渡を受けた際に、右排水支管及び旧排水パイプの残骸の引渡を受けたものと認めるのが相当であり、控訴人が排水支管に附加してこれと一体となっている旧排水パイプ残骸自体の存在を知らなかったとしても、右排水支管を占有している以上は、これと一体となっている旧排水パイプ残骸をも占有しているものと認めのが相当である。したがって、控訴人の右主張は理由がない。」

4  同一二枚目裏一〇行目の「(第二回)」を「(第一、二回)」と訂正する。

二1  控訴人は、本件漏水事故は、本件ビルの所有者が排水本管の通水阻害が起こらないよう清掃などをしていさえすれば、起こりえなかった事故であって、控訴人に責任はない旨主張するところ、右本管の管理に不十分な点があったにしても、本件旧排水パイプ残骸にプラグ止めなどの溢水防止措置を講じてさえいれば、本件事故は防ぐことができたものであることは前記認定のとおりであるから、右旧排水パイプ残骸の管理、保存に瑕疵があり、かつ、右瑕疵と本件漏水事故との間には相当因果関係があるというべきである。したがって、控訴人の責任は免れず、控訴人の右主張は理由がない。

2  また、控訴人は、本件旧排水パイプ残骸にプラグ止めなどの溢水防止措置を講じていたとしても、排水本管内に作業用手袋が詰まれば、厨房内の排水パイプから排水が溢れ漏水事故が発生したことが考えられるのであるから、本件漏水事故について控訴人に責任はない旨主張するところ、前記認定の事実関係からすれば、確かに旧排水パイプ残骸に右溢水防止措置を講じていたとしても、本件漏水事故の際、原判決添付別紙図面の「排水パイプ2」から厨房内に排水が溢れたと推測される(原審証人中村武士及び同片山壽恵美の各証言によれば、本件漏水事故当時、右排水パイプ2からの溢水で、厨房内の簀の子が、多少浮く程度になったことが認められる。)が、原審証人片山壽恵美の証言及び原審における控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人方店舗の従業員片山壽恵美は、本件漏水事故に際し、厨房に排水が溢れてきた段階で上階の店舗の使用者に報せ、しばらく各階の排水を止めてもらったこと、右厨房は防水構造になっており、右厨房から排水が溢れるには、ある程度の時間を要することが認められる。そしてかかる事実を前提にすると、厨房内の排水パイプから溢水して本件同様の漏水事故が起こるまでには、控訴人方店舗の従業員が厨房内の溢水を発見して、上階の店舗の使用者に報せ、各階の排水を止めることによって、右漏水を未然に防止することが容易にできたものと推認されるから、結局、本件旧排水パイプにプラグ止めなどの溢水防止措置を講じていなかったがために、本件漏水事故が起こったものと認めるのが相当であり、控訴人の右主張は理由がない。

三そうとすれば、原判決は相当であって、本件控訴及び附帯控訴はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用及び附帯控訴費用の各負担につき、民訴法九五条、八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官後藤 勇 裁判官髙橋史朗 裁判官横山秀憲)

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